建設業のBPR推進を阻む3つの壁と処方箋

建設テックの知恵袋

斎藤寛彰(Saito Hiroaki)

1987年生まれ。戸田建設株式会社にて,建築施工管理,エンジニアリング,BPR/ICT戦略,経営企画などを経験し,現在はオープンイノベーションやスタートアップ投資,新規事業開発などを担当する。東京工業大学大学院修了。修士(工学),技術経営修士(専門職)

「BPR」という言葉を聞いたことはあるだろうか。

BPRはBusiness Process Re-engineeringの略で,業務やそれを司る組織を抜本的に見直し再設計すること,つまり業務改革のことを指す。BPRを達成するには,多くの場合ERP(基幹システム)のリプレイスや,業務プロセスの一部を情報システムに置き換えたり,アウトソーシング(BPO)したり,あるいは従来の商習慣を見直したりすることなどを組み合わせて取り組まれるものである。

ご存知の通り,建設業界では2010年代に,東日本大震災の復興工事や東京オリンピック関連の需要を背景に,働き方改革や業務の見直しの必要性に迫られてきた。ちょうどタブレットやスマートフォンの業務利用が広がってきたタイミングだったこともあり,施工現場では様々なアプリやサービスが導入されることで効率化が進んできているように見える。しかし筆者が感じる範囲では,多くの場合は漸進的な業務改善にとどまっており,業務の抜本的な見直し,つまりBPRには至っていないように見える。なぜ,建設業の施工現場においてBPRが達成されにくいのだろうか。理由はいくつか思い当たる。

壁その1:組織慣性、今の業務プロセスを維持しようとする力

組織慣性とは何か?

まず最初にお話しする「組織慣性」は、一見とっつきづらい難しい言葉に思われるかもしれないので、以下のような実例をお示しすることから始めたいと思う。

>何年振りにある部門に配属されたAさんは,自らに割り当てられた業務の中に作成目的の分からない書類を作成する業務があった。上司に確認したところ,2年前に退職した人が行っていた業務なのでその目的は部門の誰も知らないという。毎月作成され続けていたその書類がどうやら誰にも使われていないことに気づき,調べてみたところ3年前にシステム化されたタイミングで既に誰も使わなくなった書式だったという。

いかがだろうか?

意外と自分たちの部門でも似たようなこと、すなわち目的を見失ったのに続いてしまっているゾンビのようなルーチンワークが生き残り続けていたりしないだろうか?

これこそがまさに組織慣性(Organizational Inertia)の力の一例である。変革に対して現在の業務プロセスを維持しようとする力のことである。

慣性は、物理学の「慣性の法則」に由来する¹⁾。

特に歴史の長い建設業では,従来から行われてきた業務のやり方が尊重される傾向が強いと考えられる。組織内外での人材の流動性が他産業と比較して相対的に低いことも組織慣性を強く作用させる原因だ。多くの場合,中途採用や部門を超えた人材交流などの過程で既存の業務プロセスの問題に気づくことがあるが,施工現場は部門を超えた人材交流が少ないため問題点に気づきにくい構造があり,「今まで通りのやり方」が尊重されやすい環境となっている。

先に挙げた事例は担当者レベルで感じることのできる組織慣性力の小さな事例であるが,ある程度の役職の方であればもっとハイレベルの場で改革に対して反対に作用する大きな力を感じた経験もあるだろう。

処方箋:

BPRなどの抜本的な業務改善を達成する上では,この組織慣性力を作用しにくい状態にする必要がある。

具体的な対策としては人事の力を活用することがまず考えられる。

社外の人材の登用や、部門責任者の配置転換などが特に有効である。

一方で言うまでもないが,施工現場はベテラン職員のこれまでの経験から得られる暗黙知が有効に働く場面もあるため、ある程度慎重に検討する必要はあるだろう。

(1)「慣性の法則」は、静止しているものは静止状態を続け、運動している物体は等速直線運動を続ける力を言い、組織についても同様の慣性が働いている

壁その2:プロジェクト型組織というあり方

二つ目は,工事がプロジェクト型組織で遂行されることにより,ベストプラクティスが他のプロジェクトに水平展開されにくい点である。

仮にBPRに繋がるような改革を実行した施工現場があったとしても,一定期間が過ぎるとそのプロジェクトは解散されるため新しい知見の蓄積がなされないことが多い。

また獲得した経験を他のプロジェクトに移転する場合にも,全く新しいチームに対して一から適用させるのは容易なことではない。

処方箋:

そこで重要になるのが現場のビジネスプロセスを統括、支援する立場である本社機能である。

ナレッジマネジメントの視点からは,改革の成功事例については,他のプロジェクトにも標準的に適用されるような仕組みを持つことが重要である。

「なんだそれだけのことか」と思う方もいらっしゃるかもしれない。

業界で働かれている方は想像に容易いと思うが,プロジェクト型組織の不安定な業務プロセスを本社部門でコントロールすることはとても力を要することであり,多くの場合十分機能しているとは言えない状態ではないだろうか。

企業の利益を最大化することを念頭に置いた場合、ある程度人員を割いてでも,本社で業務プロセスを統制できるよう機能させるべきであると筆者は考える。

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